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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6590号 判決

原告 ネコス工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 吉原歓吉

同 秋山知也

同 荒木勇

被告 内富弘

主文

被告は原告に対して金百六十五万二千九百三十七円、およびこれに対する昭和四十二年七月二日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、主文第一項に限り、原告が金三十万円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決、および仮執行の宣言を求めその請求の原因として、次のとおり述べた。

(一)昭和四十年五月頃、原告は株式会社富久屋(以下「富久屋」という)との間で、原告が製作販売する保健能率椅子等の家具類の継続的販売取引契約を結んだ。

(二)原告は右取引契約に基いて昭和四十年五月二十八日頃から昭和四十一年五月十九日頃までの間に富久屋に対して別紙売掛代金明細表記載のとおり代金合計四百四十九万九千七百四十九円の物品を売渡した。

(三)(1)富久屋は原告に対して右売渡品の代金として、昭和四十年八月二十七日、同年十一月十日、昭和四十一年一月七日の三回に合計二百十五万三千三百九円を支払い、

(2)原告は富久屋との合意で、昭和四十一年二月十八日、同年五月十九日、同年五月二十一日の三回に、前記の売渡品のうち、代金合計六十九万三千五百三円の物品について、その売買契約を解除して返品を受けた。したがって、昭和四十一年五月二十一日現在で原告の富久屋に対する売買代金残額は百六十五万二千九百三十七円となった。

(四)昭和四十一年四月二十一日、被告は原告に対して、前記の取引契約に基いて富久屋が原告から物品を買受けたことに因り原告に対して負担する債務を、富久屋と連帯して保証することを約した。被告が右連帯保証契約を締結するに至った経緯は次のとおりである。

昭和四十一年一月頃から富久屋の経営状態が悪化し、倒産のおそれが生じて来たので、同年二月中旬頃、原告は富久屋の経理部長である大内に対して、原告の富久屋に対する債権を担保するため、富久屋の代表取締役である被告が、個人として、富久屋の原告に対する債務を連帯保証するよう申入れ、大内が原告の右申入れを被告に伝え、被告がこれを承諾した。右のようにして被告が富久屋の原告に対する債務を連帯保証することを約したので、以後富久屋が買掛代金支払いのために原告宛に振出した約束手形には、被告が手形上の保証をするようになった。

(五)仮に、富久屋が原告に宛てて振出した約束手形上になされた被告の手形上の保証が、被告自身によってなされたものでないとしても、被告は富久屋の専務取締役松本、経理部長大内に、富久屋の経理に関する行為について被告を代理する権限を与え、被告の印鑑を預けていたものであり、富久屋振出しの約束手形上になされた被告の保証は、大内が右の代理権によって行ったものであるから、被告の保証として有効であり、右手形上の保証によって、その振出しの原因たる売買代金債務についての連帯保証契約も有効に締結された。

(六)仮に、被告が松本、大内らに対して被告を代理して手形上の保証を行う権限を与えていなかったとしても、被告がその印鑑を松本、大内らに預けていたこと右両名の富久屋における地位などから、原告は大内に被告を代理して手形上の保証をする権限があると信じたのであり、信ずるについて過失はなかったから、大内が行った被告名義の手形上の保証は被告についてその効果を生じたものでありしたがって、右手形上の保証によってなされた手形振出原因たる売買代金債務についての連帯保証契約の効果も、被告について生じたものである。〈証拠省略〉

被告は適式の呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭しなかったが、陳述したものとみなした被告提出の答弁書によると、その答弁の要旨は次のとおりである。

(一)原告主張の請求原因(一)ないし(三)の事実はいずれも知らない。同(四)の事実は否認する。

(二)被告は富久屋の代表取締役社長ではあったが、これは名義上のものに過ぎず右会社の営業には全く関与していなかったので、富久屋の営業に関することは何も知らない。もし原告がその主張に沿うような書面を所持しているとすれば、それは当時富久屋の専務取締役であった松本三樹夫が被告に無断で被告名義を冒用、偽造したものである。

右のとおりである。

被告は陳述したものとみなした答弁書のほかに、昭和四十三年七月二十日付、同年八月十六日受付の準備書面を提出しているが、これは陳述したものとみなすことができないものである。

理由

〈証拠〉を合わせて考えると、家具の製作販売を業とする原告が、昭和四十年五月二十九日から昭和四十一年五月十七日までの間に、富久屋に対して別紙売掛代金明細表記載のとおり代金合計四百四十九万九千七百四十九円の家具類を売渡したことが認められ、右認定を覆すべき証拠はない。

原告は、昭和四十一年四月二十一日、原告と被告との間に、原告の富久屋に対する継続的家具類の販売に因る富久屋の代金債務を被告が連帯して保証するという契約が成立したと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。しかしながら〈証拠〉を合わせて考えると、次の事実が認められる。

被告は富久屋の代表取締役社長であったが、富久屋の営業上の業務には殆んど関与せず、富久屋の営業上の業務の執行は、専務取締役である松本三樹夫、経理部長大内操らによって行われていた。原告と富久屋との取引は、原告の広島営業所が担当して行われていたが昭和四十一年になってから、富久屋の経営状態が悪化し、その買掛代金の支払いについて不安を抱かせるようになったので、原告は富久屋に対して、富久屋が原告に対する買掛代金債務支払いのために振出す約束手形には、爾後代表取締役社長である被告が、個人として手形上の保証をするよう要求した。ところが、その後富久屋から原告の広島営業所に送られた約束手形に、被告の手形上の保証がなされていなかったので、原告の広島営業所では、右約束手形を富久屋に返送して、右約束手形に被告個人が保証をするよう要求したが、富久屋からは、被告個人が保証をした手形が送られて来なかった。そこで、昭和四十一年四月二十一日頃、原告の広島営業所所長であった河上哲也が、徳山市の富久屋の事務所に赴いて、専務取締役松本、経理部長大内に対して、先に返送した約束手形に被告個人の保証をしたものの交付を求めたところ、松本、大内らがこれを承諾し、大内が富久屋から原告に宛てた振出しのための要件を記載した約束手形を所持し、これを被告のところへ持って行って、被告に手形上の保証をしてもらってくるといって出発したので河上は富久屋の事務所で待っていたところ、約一時間半位を経過して大内が戻り被告に手形上の保証をしてもらったといって、河上に対して、被告名義の振出人富久屋のための手形上の保証が記載された、金額合計百六十八万九千五円の五通の約束手形(甲第二ないし甲第六号証の約束手形)を交付した。河上は、富久屋振出しの約束手形に被告個人の手形上の保証をすることは、以前から原告が富久屋に対して要求していたことであり、富久屋の営業上の業務執行を実際に担当していた松本、大内が、原告の右要求に応ずることを認めており、大内が被告に手形上の保証をしてもらうといって出発してから、戻って来るまでの所要時間が、徳山市から被告の住居がある下松市までの自動車による往復の通常の所要時間に相応するものであったことなどから、大内が交付した約束手形五通上になされている被告名義の保証が、真実被告によってなされたものと信じて、右約束手形五通を受領した。

右のように認められる。証人河上哲也(第一、二回)の証言のうちには、同人が甲第二ないし第六号証の約束手形を富久屋の事務所で受領したのは、昭和四十一年二、三月頃である旨の証言があるが右証言は、前掲記の甲第七号証によると、昭和四十一年一、二月末現在における原告の富久屋に対する売掛金残高が、前記甲第二ないし第六号証の約束手形の手形金合計額より少かったことが認められること、甲第七号証に、昭和四十一年四月二十一日に甲第二三号証、同第五、六号証の約束手形による売掛代金入金の記載がなされていることなどに照らすとたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

前記認定のとおり富久屋の経理部長大内から原告の広島営業所長河上に交付された約束手形五通上の被告名義の保証が被告自身によって、あるいは被告の意思に基いてなされたということを認めるに足りる証拠はない。しかし、前記認定の事実からすると、右約束手形上の被告名義の保証はすくなくとも大内の意思に基いて行われたと推認するのが相当であり大内が被告を代理して被告名義の手形上の保証を行う権限を与えられていたということを認めるに足りる証拠はないけれども、前記認定事実からすれば、大内は富久屋の経理業務については、代表者である被告からその代理権を授与されていたと認められるのであり、大内がその代理権を越えて前記約束手形五通に被告名義の保証を行ったものであるとしても前記認定のような前記約束手形五通の交付の経緯からすれば、原告の代理人である河上が、前記約束手形五通上の被告名義の保証が真正になされたと信じたことに過失はなかったということができるから前記約束手形五通上になされた被告名義の保証の効果は、被告について生ずるものといわなければならない。そして、前記認定のとおり、前記約束手形五通が富久屋の原告に対する買掛代金支払いのために振出されたものであり、被告が富久屋の代表取締役であることからすると、前記約束手形五通上になされた被告名義の富久屋のための保証は、少くとも前記約束手形五通の振出原因となった富久屋の原告に対する手形金と同額の買掛代金債務を被告が保証する意思表示を包含していると解するのが相当であり、この意思表示の効果も前記の約束手形上の保証の効果が被告について生ずるのと同様の理由で、被告について生ずるといわなければならない。

富久屋が前記認定の原告に対する買掛代金合計四百四十九万九千七百四十九円の内金の弁済として昭和四十年八月二十七日、同年十一月十日、昭和四十一年一月七日の三回に合計二百十五万三千三百九円を支払ったこと、原告と富久屋との合意で、昭和四十一年二月十八日、同年五月十九日、同年五月二十一日の三回に原告が富久屋に売渡した物品のうちの代金合計六十九万三千五百三円の物品について売買契約を解除して、その返品を受けたこと(したがって、原告の富久屋に対する売買代金残額は、計算上百六十五万二千九百三十七円となる)は、原告が自白しているところである。しかしながら、原告が自白している右の売買契約の合意解除によって、前記五通の約束手形振出の原因となり、被告が保証した富久屋の原告に対する売買代金債務が何程消滅したかについては、何も主張がなく、また、これを認めるに足りる証拠もない。

してみると、前記のとおり被告について効果を生じた保証債務の履行として、保証額(前記約束手形五通の手形金合計額と同額である百六十八万九千五円)の範囲内である百六十五万二千九百三十七円、およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四十二年七月二日から完済に至るまでの商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の請求は理由がある。〈以下省略〉。

(裁判官 寺井忠)

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